春の骸 (続)
「ちょ、ちょっと待て、晴明!」
塗込の奥に追い詰められる博雅。角の柱を背に両手を上げて晴明を制する。
「な、なんで俺が追い詰められなければならんのだッ?」
「ほー、心あたりがないとぬかすか、博雅?」
「な、ないに決まっておろうがッ!!」
「ではこいつはなんだ?」
晴明の手がするりと博雅の狩衣の袷に滑り込む、そこから引き出されたものを見て博雅があっと驚く。
「そ、それは、あの娘がくれた袖…」
小菊を散らした春色の。
「女が着ているものの袖を渡すとは、どういう意味があるか知っているか?」
博雅の前に破れた袖の切れ端をひらひらさせながら晴明が聞いた。
袖を切って渡すと言えば…。
契りを交わす約束とか…。
「…って、ありえないっ!な、何言ってるんだ、晴明っ!相手はもうこの世のものではないんだぞ!?」
それにそれは姿を消すための道具であって、そんな意味のものじゃない!と博雅はあわてて説明する。
が。
「はじめはそうだったろうがな。おまえを見て、蛇よかよっぽどいいと思うのは女の習いだ。」
その証拠に、ほら。と言って晴明は博雅の狩衣の前をバッ!と開いた。
「え?」
驚く博雅の前で、狩衣の内側からハラハラと小菊の花がいっぱいこぼれ落ちる。
「い、いや、こ、これはたぶんあの娘の礼…」
「そうかな?」
説明しようとする博雅の言葉をさえぎって、晴明の手がさらにその下の単衣をガバと開く。
「わ、わわ!」
急に素肌をさらされて、わたわた。
「や、やめっ!」
あわてて前をかきあわせようとする博雅の両手をガシリと掴んで、晴明はあごをしゃくった。
「では、これはどう説明する?」
「え?は?」
晴明の視線に釣られて自分の体を見下ろした博雅の目がそこに釘付けられた。
「な、ななな???」
びっくりして後の言葉が続かなかった。
なぜなら、そこ、つまり博雅の胸から腹にかけての素肌に点々と赤い後がついていたのだから。
「え、え〜〜〜…っと…た、たぶん、蚊?うん、蚊だ、蚊!な、なにしろ今日は、ほら!暖かかったからなっ!草っぱらなんか行ったからなあ、いやあ、か、か、かゆいなあっ!」
晴明の冷たい視線に博雅の額からじわりと汗が浮かぶ。
(ま、まずい。これはヒジョーにまずいっ!)
もちろん娘とは何もないし、(あってたまるか)こんなことされてるなんて夢にも思わなかったが、ここはなんとか穏便にすまさないと、わが身が非常に危機だとは長年の経験でわかる。
「ほー…蚊かね?」
「う、うん!うんうん!」
両手を捕られたままの博雅、首振り人形のようにコクコクと何回もうなずく。
「でも蚊ではないだろう?蚊は衣の中まではもぐりこまぬからな。」
「そ、そうかな…」
汗がたらり。
「蚤ではないか?」
チロンと晴明が博雅の目を見つめた。
「の、蚤?」
博雅が繰り返す。
「ならば大変だ、おまえのような身分の高い殿上人が蚤にくわれたとあっては家の者がさぞや心配するだろう。どこにいるか探さねばな」
「…やっ…晴明…っ…」
博雅がいやいやと首を振った。
「我慢しろ博雅。どこかに虫がいないか調べないとな」
紅い唇の端をツイと上げて晴明が笑んだ。
そう言った晴明の手が髻の解かれた博雅の髪をゆっくりとかき乱した。くしゃくしゃになった髪の間から博雅が睨む。
「お、俺には虫などついておらぬ!」
「でも噛み跡がついておる。だろ?」
晴明の指がつつっと、博雅の胸に飛んだ赤い跡をなでる。
「悪い虫だ。」
言いながら晴明の指が博雅の胸をたどり、ほのかな桃色に浮かぶ小さな突起のまわりでくるりと円を描いた。
「…あ…っ…」
博雅の眉間が寄せられ小さく声が上がった。同時に身じろぐ。
「ああ、だめだ、博雅。そのままじっとして。」
身じろいだ博雅に晴明が優しく言った。
「調べてる最中だからな」
「な、なにが調べてる…だっ…」
頬を上気させて博雅が毒づいた。
そういう博雅は、というと両手はくくられて、動けぬよう頭の上に固定されていた。よく見ればくくってあるのは紐ではない、先ほどの娘の小袖。晴明の腹立ちのほどが知れた。
そして、その布切れ以外、博雅は何も身に着けてはいない。蚤がいるなら衣だな、と言って、晴明は嫌がる博雅から身ぐるみ剥がしてしまったのだ。
で、今はというと。
「変なところを噛まれて、後で膿んだりしたら大ごとだからな」という理由で博雅の体の総点検中。
衣を脱がされた恥ずかしい格好で、おまけに体中なでられて、となれば博雅の息もおのずと上がろうというもの。晴明に割られた両足の付け根でナニが立ち上がるのも当然である。心臓の鼓動にあわせてビクビクと脈打つたびにその頂点からぷくぷく透明な汁が湧き上る。
「せ…晴…」
あちこち体を触るわりに肝心のところに触れようとしない晴明に、博雅の体がじりじりする。
「ん?なんだ?」
しれっとした顔で晴明が聞く。その手は今、博雅の腰の辺りに置かれている。その手のあるところが熱い。
「なんだ、ではないっ!」
さわさわ撫でられて博雅の声のトーンも上がる。
「ホントは虫などに食われたわけではない!おまえだってわかってるだろう?」
「い〜や、虫だよ」
「違う…あ、あれはあの娘が…」
「それを虫だというのだ。悪い悪い虫だ。俺の大事な尻を食うとな。」
「え?尻??うわわわっ!」
何がなんだかわからぬうちに博雅はひっくり返された。正確にいうなら、うつ伏せられた。
後ろ手にくくられたまま尻だけ高く上げさせられて
「せっ!晴明っ!何をするっ!!」
じたばたする博雅の尻をペン!と叩いて
「こんなところに印などつけられおって、このおっちょこちょいめ!」
晴明の指先が博雅の尻の片頬を突いた。
「え?え?」
後ろも振り向けない博雅はただあせるばかり。
晴明の指差した先には、弓の的のように赤く二重の丸が、ちいさいけれどくっきりとついていた。
「なんだかんだ言ってもあの娘もあの親の子供だということさ。一度手に入れたものはもったいなくて離さない性質(たち)と見える。きっと今宵にでもお前のところに忍んでくるつもりだったのだろう。これはそのための印だ。」
「で、でも、なんでそんなところに?」
真っ赤になった博雅が聞く。
「たとえ衣を脱いでもこんなところまで見るやつなどいないからな」
「で、でも、ほかにもあとが…」
「あれは多分我慢できなくなってつけちまったものだろう。何しろお前は妖しにとってガマンできないくらい良い匂いがするらしいからな。…俺にとってもだがな」
「綺麗に祓ってくれよう…」
晴明が言った。
晴明の舌先がぬるりと博雅のそこに押し込まれる。
「あっ…」
ビクリと博雅の腰が振れる。
その細い腰を動かぬように押さえつけて晴明の舌が博雅のそこをやわやわと広げてゆく。
晴明の手によって広げられた双丘の中央に咲く菊の蕾。その華が妖しく濡れてひくひくと蠢くさまは妖しでなくとも充分にそそられるものがあった。
「や…晴明…もうっ…」
ふるふると体を震わせて博雅が早く欲しいと乞う。
「まだ、だめだ。」
震える背中にその身を添わせて晴明が耳元で囁く。
「ああ…」
低く甘い晴明の声に博雅が顔を伏す。
「晴明…っ!」
その身が桜色に上気する。
と、そこにひとつ、またひとつ、とほのかに赤い跡が浮き上がり始める。その数は先ほど胸に付けられたものよりもずっと多い。
「…やはりな」
晴明の目が細くなる。
「ひとつづつだ、博雅…」
「え?な、なに…?」
まず肩にひとつ見つけた赤い跡に晴明の唇が付けられた。
そして小さく呪をひとつ。
それから人差し指でスッと払う。
赤い跡から蒼い炎がポッと上がる。
「うあっ!」
突っ伏していた顔を上げて博雅が今度は苦悶の声を上げた。
「痛いか博雅、可哀想に…」
囁き声でそう言うと晴明は、博雅の体の前に手を回して硬く猛った博雅のものを掴んだ。滴り落ちる先走りの露を絡ませて博雅のものをゆっくりと愛撫する。
「今俺のものを入れてやることはできないのだが、こちらは別だ。」
小さく唱えられる呪の音調と時折上がる蒼い炎、そしてじゅくじゅくと暗い室内に響く蜜の音。痛みと快感。交互に与えられるそれに博雅の意識が白濁としてゆく。
それでも一番欲しいものはまだ与えられてはいない。
苦しい…
暗い室内に揺れる密やかな灯りに浮かび上がる博雅の肢体。その汗の浮かんだ背に最後の蒼い炎がぽっと上がって消えた。
小刻みに震える尻からも例の印が消えていた。
「終わったぞ、博雅」
その背に晴明が声をかける。
「ばか…っ…終わってる…わけがなかろうが…っ!」
震える手が晴明の腕をがっと掴んだ。
「最後まで…責任持て…っ…」
「だな」
紅い唇の端を引きあげて陰陽師が笑う。
「あっ!…ア…ッ…アッ…」
眉間に深い皺を寄せて博雅がその喉を仰け反らせた。
ガツガツと突きこまれる晴明の動きに合わせて、持ちあげられた博雅の足先が力なく揺れた。その片方の脛に手のひらを滑らせて自分の顔のそばに寄せると晴明はその足に口づけた。
「あ…!」
そのまま舌を這わされて、挿れられたままの博雅がビクリと身を捩る。
「や…っ」
さっきまでの痛みが博雅の体をいつも以上に敏感にしていた。思わず後口がぎゅっと締まり、立ち上がって震える博雅の雄が溢れる蜜の量をドクリと増やした。
「くっ…」
博雅の足に赤い舌を滑らせた晴明の眉間にもギュッと皺が刻まれる。
「せ…」
はあはあと喘ぐ息の間から博雅が恋人の名を呼ぶ。
「なんだ」
脛に今度は歯を立てながらその恋人が答えた。
「ふ…触れてくれ…」
ままならぬ手の戒めを解くことを願わずに、晴明の手を博雅は請うた。
晴明の手のひらが博雅のものを掴んですりあげる。溢れた蜜が摺られるたびに集まりちゅくちゅくと淫猥な水音を立てる。
「あっ…あっ…あっ…」
くくられた腕に顔を埋めて博雅が喘ぐ。くくった娘の小袖の陰からのぞくその唇が赤く濡れてくちづけを誘う。
「まったくおまえには困ったものだ…」
うっすらと額に汗を浮かせた晴明は笑った。
そしてその笑みを浮かべたままの唇を博雅の唇に寄せた。
貫かれる秘孔、弄られる雄の証、塞がれる唇。
行き場を失った熱が博雅の体を駆け巡りその意識を遠のかせていった
「ううう…」
絹の海の中でうつ伏せたまま唸っているのは勿論、近衛府中将源博雅朝臣である。まあ、今は本当に高貴な身分のそのお方か?と思うほどにボロボロではあるが。
その様子はというと、烏帽子などとっくの昔にどこかに失せて、花橘の匂いたつつややかな髪は元の形も分からぬほどに乱れまくり。
汗に光るその身を覆うは、腰のあたりにかかったどちらのものかも分からぬ衣のみ。頬を赤く上気させてまだ息の荒い横を向けた顔は、近衛どころか、どこの姫もかなわぬほどの艶をみせて実に色っぽい。
「大事ないか、博雅?」
すぐ傍らにひじをついて横たわる晴明が、その背に手を滑らせながら尋ねた。
「ないわけないだろ…」
髪の間からジロリと彼の恋人を睨む博雅。
「おや、心外だな。妖しのつけた印を取ってやったのにその態度か?」
「それ以外のことだっ!何も…」
「腰が立たなくなるほどシなくともか?」
散々乱れておきながら、そのことをハッキリとは口に出せない博雅をからかうように晴明は言った。案の定、博雅は真っ赤になった。
「は、はっきり言うな、そんなこと!」
「そんなこととはこれまた心外。俺を誘うように腰を振り、くちづけを請うたのは、はて誰であったかな」
「バッ…バカッッ!!」
晴明の言葉に耳まで真っ赤に染める博雅。
「ふふ、悪かったな、からこうただけだ。」
そういうと晴明はさて、最後の仕上げだな、と言って博雅の腰を覆った衣をひらりとめくった。
「わわ!なにをする、晴明っ!」
「なに最後の仕上げをな」
あせって起き上がろうとする博雅の背を押さえて、晴明はニッと笑んだ。
ついさっきまで赤い丸印のついていた博雅の形のよい尻の片頬を、晴明の長い指先が何かの印を描いて滑る。
「今しばらく動くなよ博雅」
書き始めた最初の地点に指先が戻ってくると、晴明はそこに指先を置いたまま小さく呪を唱えた。
娘の妖しがつけた丸の代わりにそこに浮き出てきたのは…。
ペンタグラム…晴明の印…五芒星。
「な、何をした、晴明?」
振り返って見ようとするが、何分、今は腰が痛い博雅、これ以上振り向くと激痛が走る。
「イテテッ!」
「無理をするな、博雅。」
「無理もなにも。いったい俺のケツになにをしたんだ」
「ちょいと魔よけの呪を書いただけだ、大事ない」
「ま、魔よけの呪??か、書いた??」
「変な妖しに夜這いをかけられたのではたまらんからな」
きれいに白く浮き出た五芒星を満足げにあとぐりながら陰陽師は言った。
「ひ、ひとのケツに寄ってたかって印をつけるのはやめろっっ!!」
雲の上の身分のお方にしては随分と品のない罵声が響いた。
さて夜這いをかけにきた娘の妖しはというと。
「きゃあっ!」
博雅のお尻の五芒星ではなくて、それ以前に門の晴明桔梗にその行く手を遮られて弾き飛ばされたのであった。
「いや実に見栄えがする。どうだ、このままずっとつけておこうか」
「じょ、じょーだんじゃないっっ!!」
終劇。
うぇbにのっけてたのが完結しましたので。
久々のERO。うふふふ〜♪
「ちょいやば」にもどります